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聡太新六段 [バカにされないクスリ]



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* はじめに
中学生の将棋棋士、藤井聡太さんは朝日杯の準決勝戦で国民栄誉賞の羽生永世七冠をたおし優勝した。全員参加の将棋戦勝利、規定により見事、史上最速で六段に昇段した。彼はデビュー後、二十九連勝、順位戦を勝ちぬき四段から五段に昇段したばかりだった。まさに若い天才の出現である。将棋界は天才といわれる人が出現する。羽生永世七冠もそうであるが光速の寄せをうたわれた谷川九段、中原名人、大山、木村の両名人、独特の人柄で注目の加藤九段も神武以来の天才とうたわれた。

* 自由闊達な将棋の世界
私の将棋はヘボだがかって将棋雑誌をよみNHKの番組もみて多種多彩な棋士をみてきた。最近の藤井人気にひかれユーチューブで将棋をみた。中学生とおもえない落ち着きの藤井さん、それにむかう対局者、女流もふくめた解説者の方々をみてあらためて自由闊達で躍動する将棋界にみせられた。勝負の世界はきびしい。誰もが納得できる公平を確保するのは容易でない。だが私は将棋界は極めて公平な世界だとおもってる。師匠に弟子入り奨励会にはいり合格すると四段でデビューする。そこでは名人がもっとも権威がたかい。それになるにはまず順位戦という五つのリーグ戦をクリアし八段となって勝ちぬく。すると名人に挑戦できる。かてば名人となる。ここで八段、七段というのは棋士の格付けで高段者といえる。若手に追いあげられて八段が下位のリーグにおちる。そこで若手にまじってたたかう。まければ引退に追いこまれることもある。勝てばあがるが負ければおちる。過去の栄光は関係ない。勝ちさえすればいくらでも強い人と対局できる。若手にもベテランにも平等である。今は順位戦の位置付けがかわった。藤井六段の例にあるように全棋士参加のタイトル戦優勝により昇段の道もふえた。

ベテランの存在が若手の可能性を押さえつけることがない。だから若い天才の才能が開化しやすい。これが将棋界に天才がおおく登場する理由とおもう。これは将棋界の公平な仕組みによる。将棋界の自由闊達さの由縁である。谷川九段は今回の勝利によせ二十代、三十代の棋士に「君たち悔しくないか」といってる。悔しくないはずがないが、おおくの棋士がこの藤井人気をむしろよろこんでる。

今、子どもたちのあいだで藤井人気は絶大である。むしろこれが将棋界の発展につながる。足をひっぱるような発言はない。これは公平な勝負が保証されてるという信頼感。勝ちさえすれば自分たちだってチャンスがあるとおもってるからだとおもう。このような若い芽がそだってるのをみるのは誠にたのもしいかぎりだ。いまだデフレから脱却できず閉塞感があふれてる時代に若い才能の活躍は年寄りの自分にも元気がもらえた。さて結論である。

*結論
卓球の話しである。まだ中学生の張本智和さんが十年ちかくも全日本チャンピオンをもってた水谷隼選手をやぶった。張本さんは三歳から卓球をはじめ今は若手育成のためのエリートアカデミーに所属、世界の強豪が参加する大会で世界を転戦してる。二〇二〇年のオリンピックでの優勝も期待されてる。彼が勝ち点をあげるたびに「チョレイ」と全身で喜びを爆発させる。これはルール違反でなく問題となってないと卓球協会関係者がいってた。今、卓球する小中学生のあいだで真ねる子が続出する大人気だそうだ。ところがニュースをさわがしはじめた頃から、あれはどうか、観客に失礼という声がでた。その善意をうたがわないが私はまたゾロでてきた。プレイの本質より行儀作法を問題視する。オリンピック気運にのっかりマスコミがはやしたてる。こんな風潮を心配した。さいわい今回は不発におわりそうだ。あれは緊張を緩和し自分のプレイをたかめるものだろう。張本さんの人格の一部である。軽々しく修正をもとめるものでない。若い芽がすくすくそだってきてる。部外者の心ない発言が彼の才能をすこしでも傷つけたらと憂慮した。国民の皆さん、藤井さんや張本さんのような若い才能の足をひっぱるようなおとなの発言にきびしい目を。個人の能力の本質をみつめ、すこやかな成長を応援してあげてください。




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おしらせ

私のホームページ、窮作文庫にこのブログの「英語学習」から簡略ギリシャの歴史シリーズを修正し転載した。約五十点が収録された。全体を一覧してよめる。のぞいてほしい。なお今後もブログのシリーズものを修正転載するつもりである。お読みいただければ幸いである。

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