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復活するベッキィーさん [ネット]


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* 農家の謝罪
下衆の極み乙女の川谷絵音さんとの不倫問題でバッシングをうけたベッキィーさんがテレビ番組の金スマで中居さんとのインタビューにおうじた。囲炉裏をかこんで微妙な問題を中居さんが上手に聞きだしてた。事件の顛末を説明、嘘をついたと謝罪した。これで復活への第一歩をふみだしたようだ。。

その発端は週刊文春の記事だった。不倫相手の川谷さんとの生々しいLINE上でのやりとりが暴露された。まるで事件の展開をよろこぶような二人の会話は世間の集中砲火をあびた。

既婚者の川谷さんがだす離婚届を「卒論」という。長崎にある川谷さんの実家に二人で訪問したなどは女性の反感をかうのに充分だった。休養にはいった。川谷さんはやがてバンドのライブ活動で復活しはじめた。彼女には、その人柄をしる人々から擁護の声があった。またまったく男女スキャンダルに縁のなかった彼女がはじめて好きになった。恋にのめりこんだ。既婚の事実をしったものの後戻りできなかった女性の心理を同情する声もあった。まあやっと復活がはじまったところだろう。

* 愛は偏愛
川谷さんの妻との離婚協議が順調でないことにふれた会話。ベッキーさんがいう。大丈夫だよ。待ってる。だから「けんちゃん」も待ってあげて。大丈夫だよ。卒論提出できたら、「けんちゃん」にいっぱいワガママ聞いてもらおうっとー(笑)。

勿論、卒論は離婚届のことである。この一行が愛の本質をずばりしめしてくれる。愛は偏愛、エコひいき。あなただけ。他所をみちゃ駄目といってる。二人の間だけに成立する会話の一行が外にでたからおどろきとなる。私は実は気味がわるい。ちょっとひく。二人以外の誰のことも気にしない自分勝手がある。一人だけだった子どもが下に弟や妹ができると、きゅうにワガママになる。自分が独占してた愛がうばわれる。子どもなら、かわいいとおもえる剥きだしの姿である。

これがわるいことか。誰もがもつ。否定できない。なら同じ程度にみとめざるを得ない。平等に人を愛することが可能か。私はない。博愛は社会儀礼の一つ、それを成立させるために充分な配慮と準備がある。純粋な愛にはない。自分勝手の限界をこえないよう配慮して成立させてる。私は博愛は偽装愛とおもう。さて結論である。

* 二人だけのもの、外部には
二人の関係が成りたつなら。相手のゲロをなめて、しあわせという。第三者がみてどんなに醜悪であっても二人だけで成りたつなら成りたつ。でも第三者の私はいう。そんなものみせないでくれ。

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